はじめに

我が国の会計基準ではのれんは20年以内のその効果の及ぶ期間にわたって規則的に償却することが定められている一方、IFRSではのれんは非償却であり、これらは日本基準とIFRSとの重要な会計基準の差異として長年認識されてきました。しかし、過去には我が国でも国際会計基準審議会(IASB)でものれんのあり方について議論されたことがあり、また最近になって経済界からのれんの償却の見直しに係る要望が上がっています。

今回のニュースレターでは、のれんの償却に係る方向性について、過去と現在の議論の状況を踏まえつつ、日本基準とIFRSの減損のルールの相違にも着目して紹介します。

IFRSにおけるのれんの償却に係る議論

かつてはIFRSにおいてものれんは償却するものでしたが、2003年のIFRS3号「企業結合」の公表時にのれんの償却は廃止されました。その後、IASB2014年にディスカッションペーパー「のれんはなお償却しなくてよいか-のれんの会計処理及び開示」を公表し、のれんを償却しないIFRSの規定について議論を行った経緯があります。減損テストは経営者にかなりの裁量、解釈、判断及び偏向の余地を残しているため、「のれんが適時に減損されないのではないか」「減損されたとしてもその金額が少なすぎるのではないか」という懸念がかねてから主張されていました。

しかし、IASBがのれんの非償却を継続することを2022年に公表したことでこの議論は決着しました。実務上、のれん償却の再導入に伴う困難さに加え、米国会計基準でも生じていたのれんの再償却化の論議が否定されたことが影響したと言われています。

我が国におけるのれんの償却に係る議論

  1. IFRSの導入

我が国では2000年代後半にIFRSの全面適用に向けて検討を進めていく方針が打ち出され、これが実現すればのれんは非償却となるわけでしたが、2011年の東日本大震災による経済的混乱に対応するという理由でIFRSの全面適用が見送られて以降、近年までのれんの会計処理に関して特段の議論は行われていませんでした。一方、IFRSを任意適用するという形でのれんを償却しない会計方針を採用できることになり、のれんだけが要因ではないものの、IFRS任意適用会社は年々増加しており、20257月末現在300社近くの上場会社がIFRSを任意適用しています。

  1. 経済界からの要望

2022年、経済同友会は提言『創業期を越えたスタートアップの飛躍的成長に向けて』の中で、のれんの規則的償却が大企業によるスタートアップのM&Aあるいはスタートアップ同士のM&Aを抑制し、スタートアップ・エコシステムにおけるリスクマネーの循環を阻害しているとの問題意識から、のれんの非償却化もしくは償却と非償却の選択適用の導入を提言しました。その後、2023年に経済同友会が会員等に対して行ったアンケートの結果も公表され、そこでは以下のような結果が出ていました。

  • 7割以上の経営者が、のれんの規則的償却はM&Aを検討する上で障害になっていると回答
  • 半数近い経営者が、のれんの規則的償却による償却負担を考慮して、実際にM&Aを断念したことがあると回答
  • 6割以上の経営者が、のれんの規則的償却が見直された場合、自社におけるM&Aの検討が拡大・加速すると思うと回答
  • 9割以上の経営者が、日本基準におけるのれんの規則的償却の廃止もしくは選択式への見直しに賛同
  1. 政府からの要望に発展

内閣総理大臣の諮問機関である規制改革推進会議のスタートアップ・イノベーション促進ワーキング・グループにおいて、のれんの会計処理の見直しがテーマとして挙げられ、そこには先述のアンケート結果も提示されました。そして、20255月に公表された規制改革推進会議の答申にも「のれんの会計処理の見直しの提言」が含まれることで、政府からの異例の言及として注目を浴びることになりました。

IASBでのれんの償却について議論を行っていた時期にIASBの理事であった鶯地氏は5月の答申公表後のインタビューにおいて、IFRSにおける「概念フレームワーク」のような理論的枠組みの存在しない日本基準は全面的に見直した方がいいと考えており、のれんの償却に関する議論が始まることはいいきっかけであること、IASBや米国で議論し尽くされたうえで結局のれん償却は見送られた状況で日本だけがのれんの償却を続けるのかよく議論されるべき、等述べられています。

  1. ASBJでの議論が開始

5月の答申を受け、ASBJでは7月からテーマとして取り扱われるようになり、その一環として、公聴会という通常のASBJの審議とは別の形で関係者から意見聴取を行うという対応が図られました。公聴会は812日に実施され、その様子は外部者がリアルタイムで視聴でき、公聴会後もYoutubeで視聴することができます(参考文献のリンク参照)。

IFRSにおけるのれんの減損の規定

日本基準においてのれんの償却が見直されるなら、合わせてのれんの減損の規定もIFRSに近いものに見直されるでしょう。以下に、日本基準とIFRSにおける減損の規定の主な相違点をまとめます。

 

日本基準

IFRS

のれんを配分する単位

取得した事業に対して配分する

企業結合のシナジーから便益を得ることが期待できる資金生成単位に配分する

(配分対象に取得した事業以外が含まれる)

減損テストの実施時期

のれんに減損の兆候が認められたときに減損の判定を行う

1回以上の定期的な減損テストに加え、のれんに減損の兆候が認められたときに減損テストを実施する

減損テストにおいて使用する将来キャッシュ・フロー

割引前

割引後

IFRSにおけるのれんの減損テストは日本基準に比して頻度が増えるだけでなく、のれんの配分方法及び減損テストに用いる割引率に日本基準以上に見積りの要素が含まれるため、関連する内部統制の構築や会計監査への対応といった負担の増加は避けて通れません。今後、IFRSの任意適用を検討したり日本基準の見直しが実現した際には、企業が直面する問題になります。

今後の展開

 直近の状況を踏まえると、のれんの非償却化に向けた流れが加速しているように見えます。しかし、のれんの非償却化が経済に与える影響は大きく、また先述の鶯地氏は「自分がIASBの理事だったときには、理事の過半数がのれん償却に賛成していた」ともインタビューで答えており、企業経営者や投資家以外の立場からはのれんの非償却化に慎重になりがちとも考えられます。

 従って、のれんの非償却化が実現するとしても、その過程では十分な議論と相当な導入準備期間を要するでしょう。

 一方、経済同友会の提言等ではのれん償却費の表示区分を営業費用以外に見直すことや決算短信においてのれん償却前利益を開示することも挙げられており、のれんの償却が見直される前にのれん償却費の表示の改正が実現するかもしれません。

参考文献

 

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