はじめに

日本公認会計士協会が7月に公表した「上場会社等における会計不正の動向(2025年版)」によれば、近年会計不正は増加傾向にあります。会計不正は、単なる数字の操作ではありません。企業の信用を失わせ、株価の暴落や取引停止、上場廃止など深刻な影響をもたらします。従業員の雇用や取引先の経営にも波及し、社会全体の信頼を揺るがす問題です。本稿では、最近の事例をもとに会計不正の構造と背景を読み解き、不正防止に向けた考察をしてみます。

会計不正の典型的な手口と背景

会計不正というと、売上の過大計上をイメージされる方が多いかもしれませんが、売上の過大計上だけでなく、会計不正にはいくつかの典型的な手口があります。その内の一部を紹介します。

  1. 売上の架空計上・循環取引

実際には売れていない商品・サービス等を「売れた」として記録する架空売上や、自社が支出した資金を取引先経由で還流させて売上として計上する循環取引が行われることがあります。これにより業績を水増しし、実態以上に良く見せることができてしまいます。

  1. 費用の過少計上

発生しているはずの費用を意図的に計上せず、利益を多く見せる手口です。引当金の未計上や、費用を資産として処理することで、損益を操作するケースがあります。

  1. 資産の過大評価

実際の価値が下がっている資産を適正に評価せず、過大な金額で計上し続けることで、財務状況を良く見せる手口です。減損処理の回避やのれんの未償却などが典型例としてあります。

これらの会計不正を実施する背景としては主に下記の2つが考えられます。

  1. 内部統制の未整備

社内ルールやチェック体制が整備されていない、あるいは形だけで実質的に機能していない場合、不正を行う機会が発生しやすく、また、不正が見逃されやすくなります。経営層が内部統制を軽視することで、不正の温床となることもあります。

  1. 業績プレッシャー・経営者の関与

会計不正を行ったらどうなるか想像がつかない方はいないと思います。それでもなお、会計不正を行ってしまう動機には業績目標達成への過度なプレッシャーが考えられます。また、株価維持等の観点から経営者自らが不正に関与するケースもあります。短期的な成果を優先するあまり、会計処理に手を加え、組織ぐるみで不正が隠蔽されることもあります。

最近の不正事例とその手口

不正の発生件数

 

20213月期

20223月期

20233月期

20243月期

20253月期

企業数

26

33

36

45

56

注: 一部の報告書は現時点で公表されていないものもあり、今後数値は変更される可能性があります。

粉飾決算の手口別の推移

会計不正のうち、粉飾決算をより詳細に手口ごとに集計したものが、下表になります。過去5年間の推移を見ると、20253月期は売上の過大計上が減少した一方で、費用の繰延べや架空仕入・原価操作が増加しています。

 

20213月期

20223月期

20233月期

20243月期

20253月期

売上の過大計上

13

17

15

17

10

費用の繰延べ等

8

7

6

7

9

財務諸表の不正な表示

0

0

4

2

0

在庫の過大計上等

3

2

4

8

7

その他資産の過大計上

1

4

2

4

4

架空仕入・原価操作

8

6

11

19

16

工事進行基準

1

1

3

3

4

循環取引

3

4

2

3

5

その他

3

4

5

4

4

合計

40

45

52

67

59

注:手口が複数存在する場合、それぞれを1件として集計しているため、上記の不正の発生件数の企業数とは一致しません。また、一部の報告書は現時点で公表されていないものもあり、今後数値は変更される可能性があります。

最近の不正事例

  1. 循環取引事例

上場間もないAI議事録サービスなどを展開する企業で、広告宣伝費や研究開発費の名目で支出した資金を販売パートナーに還流させ、架空の売上を計上する「循環取引」が発覚しました。第三者委員会の調査により、売上の約9割が実態のない取引であることが判明し、代表取締役を含む複数の幹部が関与して証憑の改ざんや虚偽の説明が行われていました。この不正により同社は上場廃止となり、民事再生法の適用を申請しました。また、株主による損害賠償請求の準備も進められています。

  1. 損失の不計上事例

上場企業の子会社において、架空取引による前渡金の不正支出が行われており、その後の返金がないものの損失計上が行われていませんでした。また、当該上場企業の役員は会社資金の一部を自身の借金返済に流用し、かつ取締役会の承認を得ずに会社を役員個人の借入の連帯保証人にするなど、長期にわたりコンプライアンス違反と不適切な会計処理を繰り返していたことが特別調査委員会の報告で判明しました。

監査人の役割と限界

監査人は財務諸表の信頼性を担保する役割を果たしますが、会計不正の発見には監査の限界が存在します。監査基準では不正リスクへの配慮が求められていますが、巧妙かつ組織的な不正は通常の監査手続では発見が困難です。特に経営者が関与する場合には、証憑の改ざんや虚偽の説明によって監査人を欺くこともあります。このような状況では、専門的懐疑心を高めることが不可欠です。疑念を持って証拠を精査し、必要に応じて追加の監査手続を講じる姿勢が求められます。

会計不正をなくすために

  1. 異変を見逃さない

 会計不正が起こる時、大なり小なりなんらかの違和感があることが多いと思います。その違和感を見逃さず、深掘りすることが大事です。担当者が長年培ってきた経験を基にした勘というものは意外に当たるものです。

  1. 不正防止のためのガバナンス強化

 企業が会計不正を防止するためには、組織全体のガバナンス体制を強化することが不可欠です。取締役会や監査役会は、形式的な機能にとどまらず、実質的な監視や牽制の役割を果たすことが求められます。特に、経営陣から独立した社外取締役の活用や、リスク管理委員会の設置などを通じて、経営判断の透明性と説明責任を高めることが重要です。

  1. 経営者・取締役会の意識改革

 会計不正の多くは、経営者の意識に起因しています。短期的な業績達成を優先するあまり、倫理観や法令遵守が軽視される傾向があります。取締役会は、企業価値の持続的な向上を重視し、誠実な経営姿勢を社内に浸透させる責任を担うべきです。経営者自身が率先して透明性を確保し、従業員に対してもコンプライアンス意識を高める取り組みを行うことが求められます。

  1. 継続的な内部監査と第三者チェックの導入

 内部監査は、不正の早期発見と抑止に有効な手段ですが、形式的に実施するだけでは効果が限定されます。継続的かつ実効性のある監査体制を構築し、必要に応じて外部の専門家による第三者チェックを導入することで、内部統制の信頼性を高めることができます。特に海外子会社や新規事業領域においては、独立性の高い監査を実施することが、不正防止に大きく寄与します。

おわりに

 会計不正は、単なる数字の改ざんにとどまらず、企業の信用・ブランド・市場評価を根底から揺るがす重大な問題です。一度失われた信頼は容易に回復することができず、取引先・投資家・従業員など多方面に深刻な影響を及ぼします。透明性と誠実さを基盤とした経営が不可欠です。

 また、公認会計士は、企業の財務情報の信頼性を担保する専門職として、社会的責任を負っています。不正の兆候に対しては、職業的懐疑心を持ち、独立性を保ちながら真実を追求する姿勢が求められます。監査は単なる手続ではなく、社会の公正と健全な経済活動を支える使命であることを常に意識し、誠実な職業倫理のもとで行動することが重要です。

参考文献

日本公認会計士協会. (2025年7月23日). 経営研究調査会研究資料第12号「上場会社における会計不正の動向(2025年版)

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