のれんの会計処理
Seiwa Newsletter August. 2026 (Vol.128)
のれんを一定期間にわたって償却する基本的な会計処理の枠組みは変更しないことに
RSM清和監査法人 公認会計士 池谷 祐紀
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はじめに
のれんの会計処理について、およそ1年前から企業会計基準諮問会議における審議及び企業会計基準委員会(ASBJ)における意見聴取などが行われてきました。そして今年7月に開催された企業会計基準諮問会議における審議の結果、のれんを一定期間にわたって償却する基本的な会計処理の枠組みは変更しないこととし、のれんの非償却の導入(選択制)及びのれん償却費の計上区分の変更をASBJに対して提言しないことについてコンセンサスが得られました。
そこで今月のSeiwa Newsletterでは、のれんの会計処理に関するテーマ提案と対応状況、そしてのれんの非償却を要望していた企業にとっての課題と対策について解説します。1年前に発行したVol.116「のれんの償却に係る方向性」もぜひ併せてご覧になってください。
のれんの会計処理に関するテーマ提案と対応状況
昨年7月に開催された企業会計基準諮問会議において、公益社団法人経済同友会ほか12団体、スタートアップ有志35社及び企業経営者有志138名から、のれんの非償却の導入及びのれん償却費の計上区分の変更に関するテーマ提案が行われました。 そこでは提案者から以下の課題認識が提示されました。
① 国際的整合性の確保 日本基準はのれん償却を義務付けているが、IFRSや米国基準では非償却である。国際比較上の不利や投資家評価への悪影響が見られ、日本基準の日本企業が相対的に不利な状態にあることから、日本も非償却を選択可能とすべきである。 ② 現代のビジネスモデルとの乖離 無形資産主導の知識集約型ビジネスが主流となる中で、のれんを定期償却する会計処理は実態にそぐわない。むしろ、価値の再評価に基づく柔軟な会計処理が必要である。 ③ スタートアップ成長の阻害要因 日本基準ではのれん償却がM&A後の利益圧迫を招き、買収意欲を低下させている(いわゆる「のれん負け」)。特に資金力の乏しいスタートアップや中堅企業のM&A成長戦略が阻害されており、出口戦略としてのIPO後の拡大にも支障が生じている。 |
この提案を受けて、企業会計基準諮問会議はASBJに対し、本テーマによって会計基準の改善が見込まれるかについて意見聴取を依頼しました。ASBJは、主にスタートアップ関係者をはじめ、財務諸表作成者、財務諸表利用者、監査人及び学識経験者など幅広い利害関係者から意見聴取を実施し、その結果を諮問会議に報告しました。また、追加的な意見聴取や情報収集も行われました。意見聴取を目的とした公聴会においては、のれんの非償却の導入(選択制)及びのれん償却費の計上区分の変更について支持と不支持の双方の意見が示されました。その一部を紹介します。
| のれんの非償却の導入 | のれん償却費の計上区分の変更 |
支持 | 財務諸表作成者 ・IFRS採用企業との比較において利益指標を不利に見せ、日本企業のM&A戦略や成長投資の意思決定に不利な影響を及ぼしている。 ・IFRSへの移行は多額のコストや実務負担を伴う。 ・償却期間の設定には恣意性が介入し、企業の業績を比較することを困難にしている。 財務諸表利用者 ・のれん償却を行わないIFRS採用の企業と比較した際に様々な課題が生じ、国際比較論の中で日本のM&Aマーケットが成長しない阻害要因の一つとなっている。 | 財務諸表作成者 ・のれん償却費を営業外費用・特別損失に計上することで、営業利益における本業の収益力がより明確に示され、個人投資家を含む市場関係者に対して説明しやすくなる。特にEBITDA等の指標との整合性が取りやすくなり、資本市場との対話の質が向上する。 |
不支持 | 財務諸表作成者 ・毎期のれんの減損テストを実施することは、財務諸表作成者、監査人の双方に相当な負荷がかかる。M&A時における精緻なPPAも実務負荷は大きい。 監査人 ・のれんの償却・非償却の選択適用は認めるべきではない。 ・日本基準を適用する上場企業間の財務報告の比較可能性を担保するため ・選択適用を認めた場合に、関連する会計基準の改訂が複雑になりすぎる懸念 ・上場企業にはIFRSを任意適用することが可能 ・のれん非償却に改正する場合、企業結合会計基準・減損会計基準の改正とセットで対応する必要があり、慎重な検討が必要である。 学識経験者 ・のれんの非償却化をしても、国内のM&Aが増える証拠がない。 | 財務諸表作成者 ・日本基準における現行会計処理(償却のみ)の継続適用を支持するため、表示についても、現行処理を継続適用すべきものと考える。 監査人 ・PPAを通じて配分された買収対価は、有形固定資産や無形資産の償却を通じて営業費用に計上される。のれん償却費も買収対価の一部の費用化であり、販売費及び一般管理費が適切である。 学識経験者 ・一般的な事業会社を想定した場合、事業投資の性質をもつM&A投資に関連するのれんの償却費を「営業外費用」とすると、「営業利益」と「営業外費用」の意味が変容する。 ・のれん償却費を「特別損失」とすると、「営業利益」「経常利益」と「特別損失」の意味が変容する。 ・毎期計上する償却費を「頻度として稀な」特別損失の部の項目とする矛盾を抱える。 |
その後、意見聴取及び情報要請に寄せられたコメントを踏まえて審議した結果、前述の通り、7月開催の企業会計基準諮問会議において、のれんを一定期間にわたって償却する基本的な会計処理の枠組みは変更しないこととし、のれんの非償却の導入(選択制)及びのれん償却費の計上区分の変更をASBJに対して提言しないことが決まりました。
また、検討の過程で聞かれた実務上の課題への対応やのれん償却前営業利益などの情報提供の見直しについて検討することを新規テーマとしてASBJに提言することになりました。
これまでの取組みで聞かれた償却期間及び償却方法に関する実務上の課題について、企業会計基準第21号「企業結合に関する会計基準」第32項における償却期間及び償却方法の考え方を明らかにすることにより対応が図られるかどうかを検討すること。実務上の課題への対応が図られると判断される場合には、当該考え方を示す取組みを進めること。
償却費を営業費用に計上する会計処理の下で、のれん償却前営業利益に関する情報提供のための見直しが会計基準の改善をもたらすかどうかについて検討すること。会計基準の改善をもたらすと判断される場合には、会計基準の開発を行うこと。
のれんの非償却を要望していた企業にとっての課題と対策
上記の通りのれんを一定期間にわたって償却する基本的な会計処理の枠組みは変更しないこととなったため、のれんの非償却を要望していた企業はIFRS及び米国基準を適用している企業と比較し、のれんの償却による利益やEPS・PER・ROE等の経営指標の低下への対応が課題として残ることとなりました。また、M&Aで買収される企業にとっても、買い手企業が将来ののれん償却費負担を考慮して高いプレミアムの支払いに慎重となり、期待する買収価格を得られない可能性やM&Aが断念される可能性が生じます。そこで課題への対策として考えられるものを記載します。
(1) IFRS又は米国基準の適用
日本基準ではのれんは一定期間にわたり償却しますが、IFRS又は米国基準の下では償却を行いません。そのためIFRS又は米国基準の適用が対策として考えられます。そのメリットとデメリットは以下の通りです。
メリット | デメリット |
・多額にのれんが計上されたとしてものれん償却費が計上されないため、日本基準のように利益や各種経営指標が低下しない。 ・海外投資家にとって比較可能性が高まり、日本基準の財務諸表と比較して海外投資家の理解を得やすくなる。 ・のれんの償却期間の決定にかかる労力が不要となる。 | ・IFRS又は米国基準への移行コストが発生する。 ・毎期の減損テストが求められるため、減損テストや監査対応に係るコストが継続的に発生する。 ・のれんを一定期間にわたって償却しないため、一旦減損が生じた場合には損益への影響額が大きくなる傾向がある。 ・減損を行わない場合、のれんが貸借対照表に長期間計上されることから、一定の期間にわたって償却を行うケースと比較してROAなどの資産効率指標が低く見える場合がある。 |
(2) のれん償却の影響を除いた利益の任意開示
IFRS又は米国基準の適用には移行コストが発生するなどのデメリットがあります。そこで日本基準の下でのれん償却の影響を除いた利益を任意開示することが対策として考えられます。そのメリットとデメリットは以下の通りです。
メリット | デメリット |
・IFRS又は米国基準を適用する企業と、日本基準によるのれん償却の影響を除いたベースで損益を比較できるようになる。 ・M&Aの影響をより分かりやすく伝えられる。 | ・企業ごとに計算方法が異なる可能性があるため、IFRS又は米国基準を適用している企業間における損益比較と比べると比較可能性が低い。 ・独自指標の導入はかえって投資家にとって不透明な情報となり、企業の恣意的な業績操作(利益の底上げ)に利用されるおそれがある。 |
おわりに
企業会計基準諮問会議において、現行ののれんを一定期間にわたって償却する基本的な会計処理の枠組みが維持される方向性が示された一方で、実務上の課題への対応や情報開示の充実に向けた検討は引き続き進められる予定です。M&Aを活用した成長戦略や投資家との対話において、のれんに関する会計処理は今後も重要な論点となるため、関連する基準開発や議論の動向を引き続き注視していく必要があります。
参考文献
・公益財団法人財務会計基準機構. (2025年7月11日). 「第54回 企業会計基準諮問会議議事概要」
・公益財団法人財務会計基準機構. (2025年7月24日~2026年8月10日). 「のれんの会計処理に関するテーマ提案への対応状況」
・内閣官房地域未来戦略本部事務局/内閣府地方創生推進事務局. (2024年11月18日). 「第2回 中堅企業成長ビジョン策定に向けた作業部会 事務局説明資料」
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