オーストラリアに暮らす個⼈の税⾦から⾒えるもの
Seiwa Newsletter Nov. 2025 (Vol.119)
⽇本との⽐較で⾒えてくる、制度と価値観の違い
RSM清和監査法人 米国公認会計士 秋⽥⾕ 薫
はじめに
オーストラリアは⽇本⼈にとって最も⾝近な海外の滞在先の⼀つです。留学やワーキングホリデー、駐在など、仕事・学びの場として多くの⽇本⼈が暮らしています。経済や教育だけではなく、税制度のあり⽅にも社会の哲学が表れます。本号では、筆者が RSM オーストラリアへ短期出向した経験から、オーストラリアで⽣活する個⼈に焦点を当て、消費税、社会保障と税⾦の関係、家や⼟地にかかる税⾦及び働く⼈の所得税を中⼼に⽇本との違いを簡潔に整理しました。税率や制度の⽐較だけではなく、税を通じて国が何を重視しているのか、その背景にある考え⽅にも⽬を向けます。⽇本と友好関係を築くこの国の税制から暮らし⽅と価値観の違いを⾒ていきましょう。
消費税
オーストラリアでは「Goods and Services Tax (GST)」という間接税制度があります。⼀般的には付加価値税(VAT)に近い形式であり、⽇本の消費税と基本構造は似ています。GST 登録をした事業者が、課税対象となる販売等に対して課された GST(2025 年 10 ⽉現在 10%)から⾃らが⽀払った GST を差し引いて納税・還付の⼿続を⾏います。⽇本では 2023 年に適格請求書保存⽅式が導⼊されましたが、オーストラリアは制度当初から「Tax Invoice」義務があり、取引単位で明確に税額が把握されています。⼀⽅、制度思想として⽇本の消費税は、「国⺠負担の公平性」「財源確保」を⽬的に設計された国内中⼼の税制であり、地⽅財源も同時に確保する仕組みであるのに対して、GST は連邦法に基づく単⼀制度であり(配分は州へ)、消費者の所在地を基準にした課税をより明確に採⽤しています。その他の相違点として、⽇本は飲⾷料品・新聞などを対象として 8%の軽減税率が適⽤されていますが、GST では⾷料品などの⽣活必需品は⾮課税となっています。つまり、⽣きていくための⽀出にはなるべく税をかけないという考え⽅になっているのです。
また、昨今急速に進むデジタル化・グローバル化に伴い、両国とも⾮居住者・プラットフォーム事業者を対象に課税範囲を拡⼤しています。海外(⾮居住)事業者が国内消費者に対して電⼦サービス・デジタル製品を供給する場合、従来課税対象外であったところを、国内消費地ベースで課税対象とする⽅向に制度が変わっています。⽇本では 2015 年から、外国事業者による電⼦サービス
(インターネットを通じて⾏われる電⼦書籍、⾳楽の配信等)の国内消費者向け取引も課税対象とされ、オーストラリアでも 2017年から、⾮居住者により輸⼊されるサービス・デジタル製品を GST 課税対象としています。加えて、⽇本では 2025 年4⽉からプラットフォーム課税制度が導⼊され、外国事業者が⽇本国内消費者向けにデジタルサービスを提供し、かつ指定プラットフォームを通じて⽀払を受けている場合、プラットフォーム事業者が納税義務を負うこととなりました。例えば、個⼈がアプリなどで課⾦した場合にはその販売プラットフォームを提供するアプリストアが申告納税義務者となります(各々の外国サービス事業者ではない)。オーストラリアでも⾮居住者によるデジタルサービス・製品提供に対して、プラットフォーム事業者がみなし供給者として GST 納付義務を負う制度が導⼊されています。
コロナ渦以後、⽇本、オーストラリアともにインバウンドの観光客が増加傾向にあります。旅⾏者(外国⼈観光客)が両国で買い物をする場合、「輸出免税(Tax-Free)」の考え⽅が適⽤されますが、制度の仕組み・運⽤⽅法には違いがあります。⽇本では税務署の許可を受けた「輸出物品販売場(Tax-Free Shop)」において旅⾏者に対し、⼀定要件を満たす物品を免税価格で販売できます。⽇本が販売時免税型であるのに対して、オーストラリアでは還付型のスキームを採⽤しています。旅⾏者は、オーストラリア国内の⼩売店で GST 込みの価格で購⼊し、出国時に TRS(Tourist Refund Scheme)カウンターで払い戻し申請を⾏います。還付を受ける条件として、同⼀店舗で AUD300 以上(GST 込み)の購⼊、出国の 60 ⽇以内の購⼊、購⼊時に Tax Invoiceを提出するなどがあります。
社会保障と税⾦
オーストラリアには「Superannuation」という年⾦の仕組みがあります。これは雇⽤者が従業員の給与の⼀定割合(2025 年 10⽉時点で約 11%)を拠出し、従業員名義の年⾦⼝座に積み⽴てる制度です。この資⾦は、各⼈が選んだ投資ファンドで株式・債券・不動産などに運⽤されます。つまり、会社が積み⽴てるものの、運⽤主体は本⼈で退職時にはその積⽴⾦と運⽤益が⾃分のものになります。雇⽤主拠出の場合、年⾦⼝座内で 15%課税されますが、これは所得税より低い⽔準になります。運⽤益にも低税率が適⽤され、60 歳以上なら⾮課税で受取可能です。⽇本では⻑い間、社会全体で⽀え合うという価値観が根付いており、⽇本の公的年⾦(国⺠年⾦・厚⽣年⾦)は現役世代が⾼齢者を⽀える賦課⽅式です。近年は iDeCo や企業型 DC といった制度も導⼊されていますが、まだ利⽤率は限定的と⾔えます。「Superannuation」はアメリカの 401(k)に似ていますが、401(k)は企業が任意で導⼊するものに対して、「Superannuation」は国が法的に義務付ける強制積⽴年⾦の性格を有しています。オーストラリアでは国は最低限の安全網を提供するが、それ以上は個⼈の責任という考え⽅であるため、⽇本とは制度の背後にある社会の思想が異なるのです。
家や⼟地にかかる税⾦
家を持つと税⾦がかかるのはどの国も同じですが、内容は⼤きく違います。⽇本では、固定資産税や都市計画税が毎年かかり、保有しているだけでコストがかかります。オーストラリアでは州ごとに課される⼟地税が中⼼で投資⽬的の不動産の保有には特に重い傾向があります。⽇本では家=資産と考えられてきたことから、住宅ローン控除など⻑期居住者を優遇する⽣活⽀援型の税制になっています。⼀⽅で、オーストラリアでは家を資産形成の⼿段として考える⽂化が根強くあります。国⺠の多くが株式や不動産を組み合わせて資産を築く投資リテラシーの⾼い国です。⾃宅の売却益は⾮課税で、投資⽤不動産に課税が集中しています(家賃収⼊への所得税・売却益へのキャピタルゲイン課税など)。つまり、住むための家には税をかけず、資産を増やすための家にはしっかりと課税するという考え⽅です。
ここで今、⽇本でも話題になっている外国⼈による⼟地・建物の取得について⽇豪それぞれの制度・税の状況を⾒てみたいと思います。⽇本では外国⼈の⼟地・建物については特に規制はなく、⽇本⼈と同じように⼟地・建物の所有権を登記・保持できます。⼀部地域で報告・監視制度が導⼊されているだけで、永住権やビザの種類も関係ありません。不動産取得税、固定資産税、譲渡益課税、印紙税・登録免許税などの税⾦も⽇本⼈と差がありません。⼀⽅、オーストラリアでは外国⼈の⼟地・建物の取得や保有に関して、⽇本よりも制度・税⾦の両⾯で明確に厳しい仕組みになっています。⽇本では、外国⼈も⽇本⼈と同等の所有権を持ち、法的制約がほぼないのに対して、オーストラリアは誰が・どの種類の不動産を・何の⽬的で買うかを厳格に審査します。外国⼈が⼟地を取得するには、⼀般にForeign Investment Review Board(FIRB)の承認が必要です。特に住宅⽤として開発される⼟地の場合には、「数年以内に住宅を建設する」などの条件が課されることがあります。外国⼈が住宅を購⼊する場合、新築住宅または未完成住宅に限定されるケースが多く、既存住宅は外国⼈にとって取得が制限されています。税⾦⾯では⼟地・住宅の購⼊時の印紙税が居住者より⾼くなる、住宅⽤の⼟地を保有する場合通常の⼟地税に加えてサーチャージが上乗せされる、不動産売却時の売却益に対する Capital Gains Tax (CGT)の居住⽤物件免除が適⽤されないケースが多いなどの違いがあります。州や物件の種類・⽤途などの条件により⾦額は異なるためあくまで⽬安ですが、同じ AUD100 万の家でも居住者は税負担 AUD10 万前後、外国⼈は AUD15 万以上に加えて毎年のサーチャージという差が出る場合も珍しくありません。オーストラリアが外国⼈の不動産取得(特に住宅・⼟地)を厳しく制限しているのは、シドニーやメルボルンなど都市部での住宅価格が 10 年以上急騰しており、外国資本による投機的購⼊が住宅供給を圧迫していると政府が判断していることなどが理由です。とはいえ、完全な閉鎖ではなく、建設・雇⽤・地⽅経済に貢献する外国資本は歓迎するが、登記や⼟地保有だけの資⾦は制限するという明確なスタンスです。
オーストラリアで働く⼈の所得税
オーストラリアで働く⽇本⼈が増えています。特に若い⼈のワーキングホリデー利⽤が増加しており、ワーキングホリデービザの交付数が、2022-23 年度には約 224,000 件に達し、コロナ前のピークに近づいています。オーストラリアは⽣活がしやすいことに加えて、最低賃⾦が⾼く、学校に通いながら仕事をすることが制度的に認められていることから、昔から⾮常に⼈気があります。ビザの最⻑は1年間ですが、条件を満たせば最⼤で 3 年間の延⻑が可能です。税制⾯でいうと、ワーキングホリデーには「Backpacker Tax」という 2017 年以降に導⼊された特別ルールがあります。2017 年より前は、ワーキングホリデーで働く⼈もオーストラリア居住者として所得税を申告できる余地がありました。この場合、オーストラリア⼈と同じく AUD18,200 までの⾮課税枠が適⽤されました。つまり、⼀定条件を満たすと最初のAUD18,200 は税⾦ゼロ、その後は累進課税という仕組みだったのです。ところが 2017 年以降、ワーキングホリデービザ保持者に対して「Backpacker Tax」として AUD0~45,000 の所得に⼀律 15%課税する制度が導⼊されました。ただし、2021 年のオーストラリア⾼裁(Addy v Commissioner of Taxation)判決により、滞在状況によっては居住者とみなされ、通常の税率や⾮課税枠が適⽤されるケースもあることが明確になりました。
また、正確なデータは開⽰されていませんが、オーストラリアには⽇本⼈の海外駐在員も⾮常に多く働いています。オーストラリアの税法では、「居住者」か「⾮居住者」かで課税範囲が異なります。⼤まかに駐在員として 1 年以上勤務し、現地に住居を借り、家族を帯同してる場合には居住者とみなされるようです。居住者とみなされると、世界中(国内・国外)の所得が課税対象となるのに対して、⾮居住者はオーストラリア国内で得た所得のみに課税されます。この時、重要になるのが⽇本とオーストラリアの租税条約で、同じ所得に両国で税⾦がかからないよう、どちらが課税できるかを定めています。条約第 15 条では「183 ⽇ルール」があり、①滞在が 12 ヶ⽉で 183 ⽇以下であることのほか、②給与が⽇本企業から⽀払われ、③オーストラリアの事業拠点で負担されていない、の 3 条件を満たせば、課税は⽇本のみになります。逆に、現地法⼈が給与を負担した場合はオーストラリアでも課税対象となりますが、⽇本で「外国税額控除」を受けることにより⼆重課税は避けられます。つまり、駐在員の税務はどこに暮らし、どこが給与を払っているかで変わるということです。いずれにしても、⽇豪租税条約が国境を越えて働く⼈の橋渡し役を果たしているのです。
参考文献
- Australian Taxation Office (ATO) — Working Holiday Maker 税率
- ATO — GST(消費税)制度の説明
- Government of Australia — Register for goods and services tax (GST)
- Grant Thornton — Indirect tax guide: Australia
- ANZ — What is superannuation in Australia?
- Articles on Superannuation for Working Holiday Makers
- Tax summaries — PwC (Australia: individual taxes on personal income)
- Additional blog/guides on Working Holiday Maker tax rates
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