金融商品に関する会計基準(案)等の概要
Seiwa Newsletter Dec. 2025 (Vol.120)
金融資産の減損における「予想信用損失モデル」の導入
RSM清和監査法人 公認会計士 平澤 優
公開草案公表の経緯
企業会計基準委員会(ASBJ)は、IFRS第9号「金融商品」に基づく予想信用損失モデルを採用した「金融商品に関する会計基準(案)」及び「金融資産の予想信用損失に係る会計上の取扱いに関する適用指針(案)」等を2025年10月に公表しました。
2000年代後半のリーマンショック等の金融危機で顕在化した銀行等の貸倒引当金の「Too Little, Too Late」(少なすぎる、遅すぎる)問題へ対応するために、2014年にIFRS第9号が公表され、過去の貸倒実績を基礎とした発生損失モデルではなく将来の予想信用損失(貸倒見積高)を基礎とする予想信用損失モデルが導入されました。ASBJが2016年に公表した中期運営方針では、我が国における会計基準を国際的に整合性のあるものとするための取組みの一つとして金融商品に関する会計基準の3つの分野(「金融商品の分類及び測定」、「金融資産の減損」及び「ヘッジ会計」)を挙げており、このうち金融資産の減損に関しては開発に着手する意義は高いと考えられたため、2019年に基準開発に着手することとし、長年の議論を経た上で本公開草案の公表に至っています。1999年の基準設定以降、はじめての抜本的な改正になります。
適用範囲
本公開草案が提案する予想信用損失を算定する範囲は下表のとおりです。
範囲 | 区分 | 項目 | 理由 |
対象 | 金融商品 | 債権(リースにより生じた債権及び建設協力金等を含む、貸付金には貸付金代替性私募債※を含む) | その他有価証券に分類されている場合があると考えられる貸付金代替性私募債については、その経済的な実質が貸付金とほぼ同一と考えられることから、貸付金に含めて取り扱う |
満期保有目的の債券 | 満期まで保有することによる約定利息及び元本の受取りを目的としており、満期までの間の金利変動による価格変動のリスクを認める必要はないため、時価を考慮することなく信用リスクのみに焦点を当てることが適切 | ||
金融保証契約 | IFRS第9号における予想信用損失モデルの適用対象との整合 | ||
当座貸越契約及び貸出コミットメント並びにこれらに準ずる契約 | |||
金融商品 以外 | 契約資産 | 債権に準じる | |
リース投資資産のうち将来のリース料を収受する権利に係る部分 | リースにより生じた債権に準じる | ||
対象外 | 金融商品 | その他有価証券に分類される債券(貸付金代替性私募債を除く) | 様々な種類の債券が含まれることから、金融商品の分類及び測定と合わせて検討することが必要 |
敷金、将来返還される差入預託保証金(建設協力金及び敷金を除く)及び預託保証金であるゴルフ会員権 | 今後、金融商品の分類及び測定の見直しに関する議論を行った場合、償却原価で測定される金融資産として取り扱われるかが不明確 |
※ 貸付金の代替として銀行が引き受けて保有する私募債
予想信用損失に係る会計処理 – 信用リスクの著しい増大に関する判定
原則的な判定方法
予想信用損失の算定にあたっては、期末において、債権等の発生の認識以降におけるデフォルト発生リスクの変動に基づいて債権等に係るリスクが著しく増大しているかどうか判定し、期末において信用リスクが著しく増大していない債権等については12ヶ月の予想信用損失(期末後12ヶ月以内に生じ得るデフォルトから生じる予想信用損失)を算定し、期末において信用リスクが著しく増大している債権等については全期間の予想信用損失(債権等の予想存続期間にわたるすべての生じ得るデフォルトから生じる予想信用損失)を算定することが提案されています。
上記の判定においては、過去の事象、現在の状況及び将来の経済状況の予測に関して、期末において過大なコストや労力を掛けずに利用可能であり、債権等に係る信用リスクに影響を与える可能性のある合理的で裏付け可能な情報を考慮することが提案されています。期日経過の情報よりも将来予測的な情報が過大なコストや労力を掛けずに利用可能な場合には、信用リスクが著しく増大しているかどうかの判定に将来予測的な情報を用いますが、そうでない場合には期日経過の情報を用いることができます。このとき、契約上の支払期日から1ヶ月経過している場合には、信用リスクが著しく増大していると推定しますが、例えば支払期日の経過が管理上の不備であり、債務者の財政上の困難から生じたわけではない場合には、この推定を反証することができます。
簡素化された判定方法
上記の定めにかかわらず、簡素化された判定方法として、債務者の財政状態及び経営成績等に応じて付与している内部信用格付を活用できることが提案されています。
正常先 |
| 内部格付1 |
| 優良格付 |
| 信用リスクの著しい増大なしとみなす (12ヶ月の予想信用損失) |
| 内部格付2 |
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| 内部格付3 |
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| 内部格付4 |
| 中間格付 |
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| 内部格付5 |
| 要判定格付※1 |
| 信用リスクの著しい増大ありとみなすが、債務者 単位※1又は債権者単位※2で反証可能 | |
その他要注意先 |
| 内部格付6 |
| その他要注意先※2 |
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要管理先 |
| 内部格付7 |
| 要管理先以下 |
| 信用リスクの著しい増大ありとみなす (全期間の予想信用損失) |
破綻懸念先 |
| 内部格付8 |
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実質破綻先 |
| 内部格付9 |
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破綻先 |
| 内部格付10 |
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また、一般事業会社の通常の営業取引から生じる受取手形及び売掛金等、並びにリースにより生じた債権については、IFRS第9号において定めらている単純化したアプローチを取り入れることが提案されています。具体的には、重要な金融要素を含まない受取手形及び売掛金等については信用リスクの著しい増大の判定をせずに全期間の予想信用損失に等しい金額により算定する一方、重要な金融要素を含む当該債権並びにリースにより生じた債権(さらにファイナンス・リースとオペレーティング・リースに区分可)については会計方針の選択として全期間の予想信用損失に等しい金額により算定することをそれぞれ独立して選択できることが提案されています。
予想信用損失に係る会計処理 – 予想信用損失の算定方法
原則的な算定方法
IFRS第9号を適用した場合と同じ実務及び結果となるように、原則として、貸手が信用リスクに晒される契約上の最長期間を見積期間とし、以下を反映する方法により予想信用損失を算定することが提案されています。
一定範囲の生じ得る結果を評価することによって算定される偏りがなく確率加重された金額(信用損失が発生しないことが最も可能性の高い場合や信用損失が発生する可能性が非常に低い場合であっても、信用損失が発生する可能性と発生しない可能性の両方の可能性を反映して、信用損失が発生するリスク又は確率を考慮)
貨幣の時間価値
過去の事象、現在の状況及び将来の経済状況の予測に関して、期末において過大なコストや労力を掛けずに利用可能な合理的で裏付け可能な情報
また、貸倒実績など過去の情報を用いる場合には、期末において観察可能なデータ(GDP、失業率、不動産価格や商品価格、借手の支払状況、信用損失の兆候となる他の要因等)に基づいて次の調整を行うことが提案されています。
・過去の期間に影響を与えていない現在の状況及び将来の状況の予測を反映
・過去の期間における状況のうち、将来の契約上のキャッシュ・フローに関連性のない状況の影響を除去
簡素化された算定方法
上述の原則的な算定方法に対して実務負担に関する懸念が聞かれたことから、特に実務上の負担が重いと考えられる次の項目について、原則的な処理の考え方の大枠の中で簡素化された予想信用損失の算定方法が提案されています。
債権等の予想存続期間:内部信用格付を活用して判定する方法を用いている場合には、要判定格付、その他要注意先、要管理先に区分された債務者に対する債権等については、それぞれの区分の単位で、リスク特性が類似した債権等のグループごとに当該グループに係る平均残存期間を用いることができ、いったん決定した平均残存期間については、状況に大きな変化がない限り、継続して用いる
将来予測シナリオ:信用損失が発生する可能性について、最も可能性が高い中心となる将来予測シナリオのみを考慮する
時間価値の考慮:貸付金及び重要な金融要素を含む債権について約定金利(又は約定金利相当の率)を用いて償却原価の算定を行う場合、実効金利の代わりにそれぞれ約定金利を用いて割引を行う
企業の規模や保有する債権等の特性は様々であり、部分的に原則的な処理を適用することによって企業の信用リスク管理実務をより適切に反映する場合があると考えられることから、企業の判断により個別に選択して適用できるとされています。
また、各項目の適用状況について財務諸表利用者が理解できるように、企業が重要な会計方針に該当すると判断した場合には重要な会計方針として注記し、加えて、開示目的に照らして重要な場合には信用リスク管理実務及び予想信用損失の算定プロセスに関する情報として注記することが考えられるとされています。
収益認識会計基準の範囲に含まれる取引から生じた債権に係る実務上の便法
IFRS第9号において定められている実務上の便法を取り入れ、収益認識会計基準の範囲に含まれる取引から生じた受取手形、売掛金等に係る12ヶ月又は全期間の予想信用損失を算定する際、貸倒実績に基づき、一定の期日経過日数(例えば、期日末経過、1ヶ月以内期日経過、1ヶ月超3ヶ月以内の期日経過、3ヶ月超6ヶ月以内の期日経過等)に応じた引当率を定める方法も用いることができることが提案されています。
なお、現行の金融商品実務指針では、債権を一般債権、貸倒懸念債権、破産更生債権等の3つに区分して貸倒見積高を算定することや、一般事業会社において、貸倒懸念債権と初めて認定した期に担保の処分見込額及び保証による回収見込額を控除した残額の50%を引き当て、次年度以降において毎期見直す等の間便法が規定されていますが、本公開草案の最終化に際してこれらの取扱いは廃止される予定です。
開示
信用リスクに関する開示は金融機関と一般事業会社では求められる開示の水準が異なると考えられることから、企業の開示目的に照らした債権等の重要性を踏まえ、信用リスクが将来キャッシュ・フローの金額、時期及び不確実性に与える影響を財務諸表利用者が十分に理解できるように、信用リスクに関する情報として、次の事項を注記することが提案されています。
予想信用損失の分解情報
信用リスク管理実務及び予想信用損失の算定プロセスに関する情報
当期及び翌期以降の財務諸表への影響を理解するための情報
ただし、開示目的に照らして重要性に乏しいと認められる注記事項については記載しないことができるとした上で、どの注記事項にどの程度の重点を置くか、また、どの程度詳細に記載するかを開示目的に照らして判断することが提案されています。さらに、連結財務諸表において注記している場合には、個別財務諸表において記載することを要しないことが提案されています。
また、適用初年度においては、財務諸表利用者に移行の影響を評価するための情報を提供することを目的として、適用開始前の債権等に係る貸倒引当金又は他の引当金の最終残高と、期首の予想信用損失引当金との調整を可能とする情報を開示するとともに、金融資産については関連する金融資産の分類別に情報を開示することが提案されています。
適用時期等
適用時期
一般事業会社を想定すると、会計基準等の改正等の影響が必ずしも大きくない一方、金融機関を想定すると、データ整備及びシステム開発などに時間を要すると考えられるため、本公開草案の最終基準公表から3年程度経過した4月1日以後開始する連結会計年度及び事業年度の期首から適用することが提案されています。
また、最終基準公表後最初に到来する4月1日以後開始する連結会計年度及び事業年度の期首から適用することができることが提案されています。
経過措置
予想信用損失の算定については見積りの要素が強いため、事後的判断を使用しないことが困難であり、また、事後的判断が使用されているかどうかに関する検討に伴うコストを避けることを重視して、一律に遡及適用を求めないこととされました。このため、適用初年度の期首より前に新たな会計方針を遡及適用した場合の適用初年度の累積的影響額を適用初年度の期首の利益剰余金及びその他の包括利益累計額又は評価・換算差額等に加減し、当該期首残高から新たな会計方針を適用することが提案されています。
また、適用初年度の比較情報について、新たな表示方法に従い組替えを行うことを要しないことが提案されています。
参考文献
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