グロースIPOとTPM(TOKYO PRO Market)IPOの違い
Seiwa Newsletter Apr. 2026 (特別版_春号)
100億円問題を踏まえた上場市場の選び方
RSM清和監査法人 公認会計士 越智 啓介
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はじめに ~グロース市場IPOとTPM IPOを比較する背景~
近年、日本のIPO市場を取り巻く環境は大きく変化しています。
従来、高い成長性を有しつつも、事業規模や業績の安定性、長期的な収益実績といった点でスタンダード市場の上場要件を十分に満たすには至らない企業にとって、上場先市場はグロース市場が中心的な選択肢となってきました。しかし、いわゆる「グロース市場100億円問題」として議論されているように、上場後に求められる成長スピードや時価総額要件等が厳格化する中で、企業の実態や成長段階と市場要件とのミスマッチが顕在化しています。
こうした背景のもと、TOKYO PRO Market(以下、TPM)を含めた複数の上場市場を比較・検討する必要性が高まっています。本ニュースレターでは、グロース市場へのIPOとTPMへのIPOの違いを中心に、それぞれがどのような企業に適しているのかを整理します。
グロース市場とTPMの上場件数推移
グロース市場では、審査・上場後負担への意識の高まり、グロース市場見直し議論などを背景に、新規上場件数が年々減少傾向にあります。一方で、TPMの上場件数は近年急増しており、グロース市場IPOの代替的な上場先としても存在感を高めています。
市場/年度 | 2021 | 2022 | 2023 | 2024 | 2025 |
グロース/マザーズ | 93 | 70 | 66 | 64 | 41 |
TPM | 10 | 13 | 32 | 50 | 46 |
TPM上場が増加している背景としては、①上場準備期間の短さ、②IPOコスト負担の軽さ、③決算開示情報に監査報告書が付与されることによる信用力向上、④事業承継対策(個人保証の解消)などのメリットが企業側に広く認知されてきた点が挙げられます。
グロース市場とTPM市場の位置づけ
グロース市場とは:一般投資家向け成長企業の市場
グロース市場は、一般投資家が参加可能な一般市場であり、高い成長可能性を示す企業を対象としています。上場時には形式基準と実質基準の双方に基づく厳格なIPO審査が行われ、上場後も成長を前提とした継続的な市場評価にさらされます。特に上場5年経過後に時価総額100億円を求める新たな上場維持基準が公表されており(2030年適用予定)、現在も100億円未満企業に対しては上場維持基準を意識した成長戦略の開示が求められるなど、実質的には当該水準を前提とした運用が進んでいることは、経営に強いプレッシャーを与えています。
TPMとは:プロ投資家向けの特例的市場
一方TPMは、特定投資家(プロ投資家)を主な対象とする市場であり、株主数や時価総額といった形式的な数値基準は設けられていません。上場準備期間が短く、準備期間や上場後のコスト負担も相対的に低いため、「助走市場」「IPO前段階市場」として活用する企業が増加しています。
グロース市場とTPMの上場時形式基準の違い
項目/市場 | グロース | TPM |
株主数 | 150人以上 | 要件なし |
流通株式数 | 1,000単位以上 | 要件なし |
流通株式時価総額 | 5億円以上 | 要件なし |
流通株式比率 | 25%以上 | 要件なし |
公募増資 | 原則として500単位以上 | 原則不要 |
グロース市場IPOでは、流通株式時価総額や流通株式比率、公募増資の要件から、外部株主の存在が事実上必須となります。また、流通株式時価総額が上場要件として明示されていることから、一定水準の株価評価を合理的に説明できる業績実績や成長性、将来の業績見通しについての裏付けも求められる点が特徴です。
一方、TPM IPOではこうした数値等の形式要件はなく、オーナー一族や経営陣が株式の大半を保有したまま上場することも可能です。業績についても定量的な基準は設けられていません。ただし事業の継続性(向こう1年分の運転資金の確保)は確認されます。
グロース市場IPOとTPM IPOに求められるガバナンス・開示体制
グロース市場IPOでは、一般投資家が参加する市場であることを前提に、上場時点から一定水準以上のガバナンス体制および情報開示体制の構築が求められます。具体的には、独立社外取締役の選任や会計監査人の設置などの一定水準以上の機関設計が必須とされ、J-SOXへの対応など内部統制面での整備も欠かせません。また、四半期決算短信を含む継続的な開示対応やコーポレートガバナンス・コード(基本原則)の適用により、上場後も継続的かつ高度な情報開示対応が求められる点が特徴です。
これに対し、TPM IPOでは、上場企業に求められるガバナンス・開示要件は大幅に緩和されています。監査役設置会社の形態でも上場が可能であり、監査役会や監査等委員会、指名委員会等設置会社といった機関設計は必須ではなく、企業の規模や成長段階に応じた柔軟な体制整備が許容されています。またJ-SOX対応、四半期開示などは制度上義務付けられていません。その代わりに、J-Adviserが上場前後を通じて企業に伴走し、上場会社としての最低限のガバナンスや情報開示が適切に機能するよう継続的な助言・指導を行う点がTPMの特徴です。
このように、投資家層や市場の性格の違いを背景として、ガバナンスおよび情報開示のハードルは、全体として「グロース市場IPO > TPM IPO」と整理できます。
TPM上場の実質審査:TPM IPOで重視されるポイント
TPM IPOにおいては、「上場企業として最低限成立するか」(もっとも、この水準は一般市場であるグロース市場と比較すれば相対的に緩やかなものと位置づけられ、企業規模や成長段階を踏まえた柔軟な判断がなされる)という観点から、J-Adviserによる実質審査が行われます。この実質審査は、企業規模や成長段階を前提としつつも、東京証券取引所の市場としての信頼性を損なわないことを大きな軸として構成されており、具体的には以下のように整理できます。
1.市場参加者としてふさわしい存在であるかどうか:具体的には、法務・会計・税務といった基本的な分野について、経営陣および管理部門が一定の理解を有していること、ならびに予算管理を含む基礎的な管理プロセスが構築・運用されていることが確認されます。また、上場後少なくとも1年間にわたり、安定的に事業を継続できるだけの資金が確保されているかどうかも重要な審査項目です。
2.事業運営の健全性と経営陣の適格性:関連当事者取引や経営陣が関与する取引について、適切な牽制機能が働く体制が整備されているか、代表取締役および役員の資質や過去の経歴に問題がないかといった点が確認されます。TPMではオーナー企業の上場も多い一方で、経営の恣意性を抑制する最低限の統制が求められます。
3.企業規模や成長段階に応じたコーポレートガバナンスおよび内部管理体制:形式的に存在するだけでなく、実際に機能しているかどうかも重視されます。社内規程の整備状況やその運用実態、必要な管理人員の確保状況、法令遵守のための社内体制が実務上有効に機能しているかといった点が、実質的な観点で確認されます。
4.情報開示体制:具体的には、企業情報や事業リスクに関する適切な開示が可能であること、上場後の情報開示プロセスが構築されていること、インサイダー取引防止や情報管理に関する社内ルールとその運用が確立されていることなどが確認されます。
5.反社会的勢力との関係が一切ないこと、ならびに過去の株主構成や株主異動に問題がないことといった、公益性・投資家保護の観点から基本的かつ不可欠な事項についても厳格な確認が行われます。
このようにTPMの実質審査は、数値基準こそ設けられていないものの、「上場会社としての健全性」「市場の信頼性の維持」という観点から行われる点に特徴があります。
グロース市場IPOとTPM IPOの調達力・流動性
グロース市場IPOでは、公募増資による比較的大規模な資金調達が可能であり、一定の市場流動性が前提となります。一方、TPM IPOではプロ投資家向け取引に限定されるため流動性は極めて低く、上場時に公募・売出を行わないケースが大半です。
なお、スタートアップ支援の観点から、TPMにおける私募・公募制度の見直しや買付可能者拡大が検討されており、将来的な資金調達環境の改善が期待されています。
グロース市場IPOとTPM IPOで異なる上場後の経営スタイル
グロース市場にIPOした企業では、一般投資家を含む幅広い投資家が株主となることから、上場後は企業価値の継続的な向上が強く意識されることになります。成長ストーリーの実現や株価水準に対する市場からの評価は、経営上の重要な指標となり、四半期ごとの業績動向や将来見通しに関する開示に対しても高い説明責任が求められます。その結果、経営においては成長スピードや数値目標達成に対するプレッシャーが常に伴い、資本市場との対話を前提としたマネジメントが不可欠となります。
これに対して、TPMにIPOした企業では、投資家層が主としてプロ投資家に限定されていることから、上場後における短期的な株価変動や市場評価に対する直接的なプレッシャーは相対的に小さくなります。株主対応や情報開示は当然求められるものの、グロース市場と比べると経営の自由度は高く、中長期的な視点で事業基盤の強化や体制整備に取り組みやすい環境にあるといえます。TPMでは、短期的な業績や株価に左右されにくい形で、腰を据えた経営を行うことが可能です。
実績データ:TPM上場後の成長とステップアップIPO事例
TPM上場企業は、上場後に売上が増加する傾向が確認されており、上場後7年を経過した企業において、中央値で約206%の成長を示しています。また、TPMからグロース市場を含む一般市場へステップアップIPOを果たした事例も17社にのぼります。
「まずTPMにIPOし、その後グロース市場へ」という二段階上場戦略は、現実的な成長戦略として定着しつつあります。
TPM IPOとグロース市場IPOのメリット・デメリット
TPM IPOの最大のメリットは、上場準備および上場後に企業へ求められる負担が、一般市場と比べて相対的に軽い点にあります。上場準備期間を比較的短期間に抑えることが可能であり、監査についても原則として1期分の監査報告書があれば足りることから、時間面・コスト面の双方で企業の負担は限定的です。また、精緻な内部管理体制の構築やJ-SOX対応が必須ではないため、企業の成長段階や規模に応じた無理のない体制整備が許容されます。
加えて、TPMに上場することで、監査報告書が公に付与されることによる信用力の向上や、社外に対する一定の知名度獲得といった効果が期待できます。とりわけ金融機関からの融資や取引先との関係においては、上場会社としてのステータスや開示体制の存在が、企業評価にポジティブに作用するケースも少なくありません。さらに、上場に際して株式の公募や売出を行う必要がないため、創業オーナーや経営陣が株式のほぼ全てを保有したまま上場でき、オーナーシップを維持しやすい点もTPMならではの特徴といえます。
一方で、TPM IPOには明確なデメリットも存在します。市場の参加者が原則としてプロ投資家に限定されていることから、株式の流動性は極めて低く、公募増資によるまとまった資本調達を行うことは現実的には困難です。そのため、TPM上場は資金調達そのものを主目的とするIPOというよりも、信用力の向上や体制整備、将来の一般市場上場に向けた準備段階として位置付けられるケースが多くなります。
これに対し、グロース市場IPOの最大のメリットは、一般投資家を含む幅広い投資家層から資本を調達できる点にあります。公募増資を通じて比較的大規模な成長資金を確保できる可能性があり、成長企業としての市場評価や知名度、ブランド力の向上といった効果も期待できます。事業拡大フェーズにあるスタートアップや成長企業にとっては、グロース市場上場は資本市場を活用した成長戦略の中核となり得ます。また、グロース市場IPOでは、創業者や初期株主にとっての資本回収(いわゆる創業者利得)を実現できる点も重要なメリットです。株式市場において株価が形成され、一定の流動性が確保されることで、保有株式の売却を通じたリターンの実現が可能となります。
他方で、グロース市場IPOには相応の負担とリスクが伴います。上場審査基準や上場後の維持基準は厳格であり、ガバナンス・内部管理体制の整備、継続的な情報開示対応、成長性に対する市場からの期待に応え続ける必要があります。特に上場後は、株価水準や時価総額に対するプレッシャーが経営に直接的な影響を及ぼす局面も多く、経営陣には高い説明責任と資本市場対応力が求められます。そのため、グロース市場IPOは、企業にとって資金調達や評価向上という大きな果実をもたらす一方で、上場後の経営プレッシャーが大きい点も十分に認識しておく必要があります。
今後の展望 ~TPM市場の役割と制度動向~
TPMを巡っては、上場会社数の増加とともに、その市場としての役割や位置づけをより明確にすべきだという問題意識が、東証、J-Adviser、上場会社、投資家の間で共有されつつあります。近年進められている制度面の議論は、TPMを単なる「上場しやすい市場」として捉えるのではなく、中長期的に持続可能な市場として機能させることを目的としたものと整理できます。主な論点や対応の方向性は、以下のように整理できます。
1.TPM上場企業の上場目的が多様化:信用力向上や金融機関対応、ガバナンス体制整備、事業承継対応、将来の一般市場上場、さらにはM&A戦略の一環など、上場目的は企業ごとに大きく異なります。この点については、上場時および上場後も定期的に上場目的を開示する仕組みを整備することで、市場参加者が各社の立ち位置や意図を正しく理解できる環境を整える方向で検討が進められています。
2.TPMと一般市場(グロース市場等)との間に存在する制度上・実務上の段差:一般市場の上場基準や上場後負担が厳格化する中で、TPMから一般市場へ移行する際の準備負担が大きいという指摘があります。この点については、TPM上場企業に対する一般市場上場を見据えた準備支援や審査プロセスの効率化を通じて、ステップアップの動線をより明確にすることが検討されています。
3.株主数が少なく、売買がほとんど行われない:市場としての情報発信力や投資家との接点の弱さが課題とされています。これに対して、投資家向けイベントの開催や、企業による情報発信の強化を通じて、投資家とのコミュニケーション機会を増やし、市場の可視性を高めていく取り組みが模索されています。
4.未上場株式も含めた株式流通市場全体の弱さ:TPM単体で流動性を高めることには限界がある一方で、投資家との接点強化やJ-Adviserによる継続的な伴走支援を通じて、企業と投資家をつなぐエコシステムを形成していく方向性が議論されています。
5.TPM上場企業間で、ガバナンスや内部管理体制の整備状況にばらつきがある点:この点については、J-Adviser間での事例共有や支援ノウハウの高度化を図り、市場全体としての品質を底上げしていくことが重要とされています。
これらの議論を踏まえると、今後のTPM市場において最も重要な論点は、その役割をどのように位置づけるかという点に集約されます。成長資金の供給の場としての機能を強化するのか、あるいは株式流通や体制整備を目的とした市場として位置づけるのか、もしくは両者を段階的に担う市場とするのか。上場目的の明確化、制度整備、一般市場へのステップアップ動線の整備を通じて、TPMの市場としての役割をより明瞭なものへと進化させていくことが、今後の大きなテーマといえるでしょう。
おわりに ~自社に適したIPO市場の選び方~
IPOは「どこに上場するか」だけでなく、「なぜ上場するのか」「上場後にどのような成長戦略を描くのか」が重要です。自社の成長ステージや資本政策、ガバナンス体制を踏まえ、グロース市場IPOとTPM IPOの特性を理解したうえで、最適な市場選択を行うことが求められます。本ニュースレターが、その検討の一助となれば幸いです。
参考文献
東京証券取引所 上場推進部. (2024、2025) . 「プロマーケットの今後の方向性について」
東京証券取引所 「2025 上場ガイドブック TOKYO PRO Market編」
「市場別IPO件数」 https://www.meinan-ma.com/business/ipo/tpm.html
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