はじめに

2025926日、東京証券取引所(以下、「東証」)は、「グロース市場の上場維持基準の見直し等について」によりグロース市場における上場維持基準の見直しを発表しました。これにより、「上場から5年経過後 事業年度の末日において100億円以上」という新たな時価総額に関する基準が2030年3月1日以後に適用される予定です。従来の「上場から10年経過後 事業年度の末日において40億円以上」という基準から大幅な引き上げとなり、スタートアップ企業を中心に大きな影響が出ています。本レポートでは、IPO準備企業及びグロース市場上場企業おける、上場維持基準の見直しによる影響と対応策の概要について分析します。

IPO準備企業への影響

1.    実質的な上場基準の引き上げ

 新規上場時の形式的な基準は据え置かれるものの、将来的に100億円を超える成長性があるかどうかが審査時に問われるようになり、実質的なグロース市場上場のハードルは上昇しています。実際、2025年上期のグロース市場へのIPO件数は前年同期比で約50%減少(34社→18社)と急減しており、上場維持基準見直し発表の影響の大きさが伺えます。また主幹事証券会社に時価総額が大きい案件を優先する傾向が強まり、IPO準備企業が証券会社の支援を得にくくなる傾向も出てきています。

2.    IPO準備企業での対応策

 主幹事証券との契約や新上場維持基準を見据えた成長戦略に問題が生じたIPO準備企業では、Exitの方法として主に以下のような選択肢が検討されています。
 ①    M&Aによるスケールアップを含めた事業計画・上場時期の見直し
 ②    東京プロマーケット(TPM)や地方市場への上場
 ③    M&Aでの売却
 スタートアップ企業の経営者の方と日々接する中での肌感覚としては、主な選択肢となっているのは③のM&Aでの売却のように思われます。一方で監査法人としてIPO監査のご相談を受ける際に、②の他市場への上場を検討される企業も確実に増えていると感じます。
 他市場への上場を検討する場合、グロース市場以外の選択肢としては主に以下の市場が挙げられます。いずれも東証グロース市場よりも上場基準が緩やかで、時価総額の小さい企業にとっても選択しやすい市場といえるでしょう。

市場

概要・対象企業

メリット

デメリット

東京証券取引所

東京プロマーケット (TPM)

プロ投資家限定。

全国の中小・成長企業が対象。

上場基準が緩やか

上場準備期間が短い(1年監査)

ステップアップ上場の実績あり

一般投資家が取引不可(流動性が低い)

資金調達規模が小さい

- J-Adviserとの契約によるコスト負担

名古屋証券取引所

ネクスト市場

東証グロースに近く、将来的なステップアップ上場も可能。

成長志向の中小企業が対象。

東証グロースよりも柔軟な審査

地方企業にとって知名度向上に有効

東証への移行実績あり

東証に比べて流動性が低い
- VCや機関投資家の注目度は限定的

札幌証券取引所

アンビシャス

地域密着型。

北海道を中心とした新興企業が対象。

時価総額要件がない

地元金融機関との連携が強い

上場コストが低い

北海道外での知名度が低い
売買が少なく、株価が動きにくい

福岡証券取引所

Q-Board 

地域密着型。

九州圏のスタートアップが対象。

九州圏の支援体制が充実

上場基準が柔軟

地元VCとの連携が可能

投資家層が限定的

東証に比べて資金調達力が弱い

福岡証券取引所

福岡プロマーケット(FPM

202412月に開設。

プロ投資家限定。

成長志向の中小・スタートアップ企業が対象。

上場基準が緩やか

上場準備期間が短い(1年監査)

一般投資家が取引不可(流動性が低い)

資金調達規模が小さい

- F-Adviserとの契約によるコスト負担

 現状の傾向をみると、上記の中でも東京プロマーケット(TPM)への上場を検討する企業が増えているようです。2025年上半期のTPM新規上場数は21社と、東証グロース市場の18社を上回る数となりました。また2025年上半期では地方市場でも札証アンビシャス1社、名証ネクスト1社、福証QBoard1社が上場しており、今後地方市場への注目度も高まることが予想されます。

ただし、これらの市場では資金調達規模の小ささ、流動性の低さ、知名度の低さといった課題が残されており、完全な東証グロース市場の代替マーケットとはなっていない状況にあります。そこでまずはこれらの市場で実績を積み、東証グロース市場へ移行するといった方法をとることも可能であり、今後の一つのトレンドとなる可能性があります。

グロース上場企業への影響

 現在グロース市場に上場している約600社のうち、2025年3月末時点で時価総額100億円以上の企業は全体の約3割にとどまり、残る7割(約400社)の企業が基準未達のリスクを抱えています。基準を満たせなければ上場廃止の可能性もあるため、リスクを抱える企業は、以下のような対応を迫られると考えられます。

1.    M&Aによる成長戦略

 自力での成長が難しい企業にとって、以下のようなM&A戦略が有力な選択肢になると考えられます。
–    買収による規模拡大(ロールアップM&A)
–    PEファンドによる非公開化→再上場
未上場のIPO準備企業でも、上場前に同業他社を買収する動きが増える可能性があり、今回の上場維持基準見直しを契機に、M&A市場はより加速していくものと考えられます。

2.    他市場への市場区分変更

 基準未達企業は主にスタンダード市場への移行を促されます。スタンダード市場の市場区分変更基準は流通株式時価総額10億円以上、利益の額年1億円以上となっており、また上場維持基準は流通株式時価総額10億円以上であることから、時価総額100億円に満たない企業でも上場維持の道が残されています。
なお、IPO準備企業においても、後々市場区分変更を迫られるのであれば初めから最初からスタンダード市場への上場を目指す動きが増えてくる可能性はあります。ただしスタンダード市場では「安定した収益基盤と十分な流動性・ガバナンス」が重視されるため、株主数、流通株式数、流通株式時価総額、純資産要件等の新規上場基準がグロース市場と比して大きい値に設定されている他、グロース市場ではコーポレートガバナンス・コードの基本原則だけが適用されるのに対して、スタンダード市場では基本原則、原則、補充原則のすべてが適用される等、上場時のハードルがより厳しいため留意が必要です。

結論

 「IPO 100億問題」は、単なる基準の見直しにとどまらず、日本のスタートアップエコシステム全体を「量より質へ」と転換する重要な転機です。IPO準備企業、上場企業共に、成長戦略の再構築・M&A検討・市場区分の変更等、柔軟な戦略を取りつつ持続的な成長を目指す必要があります。

参考文献

https://www.jpx.co.jp/news/1020/20250926-01.html

https://www.jpx.co.jp/equities/follow-up/nlsgeu000006gevo-att/um3qrc0000016108.pdf

https://ipo.funaisoken.co.jp/column/ipo/16054/

https://www.businessinsider.jp/article/2505reform-ofthe-tokyostockexchange-growth-market/

https://note.com/bizsuppli/n/n6411f129da88

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