IPOを目指す企業の資本市場との向き合い方
Seiwa Newsletter Jun. 2026 (特別版_夏号)
東証「市場区分見直しフォローアップ」の動向を踏まえて
RSM清和監査法人 公認会計士 越智 啓介
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はじめに
2022年4月、東京証券取引所は市場区分の見直しを行い、「プライム市場」「スタンダード市場」「グロース市場」の三市場体制へ移行しました。
この改革は、単なる市場の再編ではありません。上場企業が持続的に企業価値を高め、投資家との対話を深めていくための環境を整備することが大きな目的とされています。もっとも、市場区分の見直しは制度変更だけで完結するものではありませんでした。その後も「市場区分の見直しに関するフォローアップ会議」において継続的な議論が行われ、企業価値向上に向けたさまざまな施策が打ち出されています。
こうした議論を通じて、市場が企業に求める視点や評価軸は徐々に明確になってきました。特に近年は、単に「上場基準を満たし上場しているかどうか」だけではなく、企業がどのように価値を創出し、その内容を投資家へ説明しているかが重視されるようになっています。
本稿では、フォローアップ会議の現時点での主な議論の流れを振り返りながら、IPOを目指す企業が資本市場とどのように向き合うべきかについて考えてみたいと思います。なお本稿に記載された見解・意見は執筆者個人のものであり、当法人の見解を代表するものではない点、あらかじめご了承いただけますと幸いです。
1.市場再編(2022年):制度改革の出発点
2022年の市場再編により、プライム市場、スタンダード市場、グロース市場の三市場体制が導入され、それぞれの市場が想定する企業像が整理されました。
ただし、この時点で市場改革が完成したわけではなく、経過措置が設けられたことからも分かるように、東証が重視していたのは制度変更そのものだけではなく、その後の企業行動の変化でした。IPOを目指す企業にとっても、この段階では従来と同様、「まずは上場すること」が大きな目標であったといえますが、その後の議論を通じて、市場が企業に求めるものは徐々に変化していくことになります。
2.実態分析(2022年後半~2023年初):企業価値向上への問題意識
フォローアップ会議の初期段階では、市場再編後の実態分析が行われました。その中で、多くの上場企業においてPBRが1倍を下回り、ROEも十分な水準に達していない状況が確認されました。
もっとも、東証が問題視したのは、こうした指標の水準そのものではありません。より本質的な課題として挙げられたのは、自社の資本コストや市場評価について十分な分析が行われていない企業が少なくなかったことに加え、企業価値向上に向けた考え方や改善策が投資家に十分伝わっていないことでした。
こうした議論を通じて、市場の関心は「上場しているかどうか」から、「企業価値を継続的に高めることができているか」へと移っていきます。IPOを目指す企業にとっても、単に成長性を示すだけでなく、その成長がどのように企業価値の向上につながるのかを説明する視点が重要になっているといえるでしょう。
3.資本コスト経営の導入(2023年):経営改革への要請
2023年には、「資本コストや株価を意識した経営」の実現に向けた要請が公表されました。この要請は「PBR改革」として語られることもありますが、実際にはそれほど単純ではありません。
東証が企業に求めているのは、自社の資本コストや資本収益性を把握した上で、企業価値向上に向けた具体的な取組みを実行し、その内容を投資家に説明することです。また、この要請は財務指標の改善だけを目的とするものでもありません。事業ポートフォリオの見直し、成長投資、人材投資、研究開発投資、M&A、資本配分の最適化など、企業価値向上につながる経営改革全般が対象となっています。
IPOを目指す企業に対しては同様の開示が必ずしも求められているわけではないものの、上場後にはこうした視点が企業評価の重要な要素となることを意識しておく必要があります。
4.可視化と市場規律の強化(2024年):説明責任の時代へ
2024年以降は、各企業の対応状況が公表されるなど、市場における比較可能性が高まりました。
その結果、「企業価値向上に取り組んでいるか」だけでなく、「その取組みを投資家に分かりやすく説明できているか」も評価対象となっています。企業価値向上の取組みは、実行するだけでは十分ではありません。その背景にある考え方や進捗状況について、投資家と継続的に対話していくことが求められています。
IPOを目指す企業にとっても、IR活動は上場後に急に始めるものではなく、経営活動の一部として早い段階から意識しておくことが重要になっています。
5.実効性の確保(2024年以降):継続的な評価の時代へ
経過措置の終了に伴い、上場維持基準の運用はより厳格なものとなっています。これは単なる制度運用上の変化ではなく、企業価値向上への取組みが実際に行われているかを市場が継続的に評価する時代に入ったことを意味しています。
上場は一度きりのイベントではありません。上場後も投資家や市場から評価を受け続けることになります。
IPOを目指す企業にとっては、上場そのものを目的とするのではなく、上場後も企業価値を高め続けるための経営基盤を整備していくことがより重要になってきています。
6.グロース市場改革とIPO準備企業への示唆
近年のフォローアップ会議では、グロース市場の機能向上も重要なテーマとなっています。その背景には、IPO後に十分な成長を実現できず、時価総額や流動性が伸び悩む企業が一定数存在するという問題意識があります。
東証が目指しているのは、単に上場企業数を増やすことではありません。上場後も継続的に成長し、企業価値を高めていく企業を増やすことにあります。
この点から得られる示唆は明確で、IPOはゴールではなく、資本市場との対話が始まるスタート地点あるということです。そのため、成長戦略は示すだけでなく、その実現可能性や進捗管理の方法まで含めて説明できることが重要になります。
また、計画どおりに進まない局面があったとしても、その背景や対応方針について投資家と誠実に対話できることが求められます。
7.IPOを目指す企業に求められる基本姿勢
以上を踏まえると、IPOを目指す企業に求められる姿勢は以前と比べて大きく変化しているように感じられます。
まず重要なのは、自社を投資対象として捉え、投資家の視点を意識しながら経営を行うことです。
また、成長戦略、KPI、財務計画、資本政策が一貫したストーリーとして説明できることも欠かせません。
さらに、上場後も継続的に説明責任を果たすことを前提に、IR活動を経営の一部として位置付けることが求められます。
加えて、こうした取組みを支える基盤として、ガバナンスの重要性も高まっています。近年の議論では、資本効率の問題は単なる財務指標の問題ではなく、経営戦略や資本配分に関する意思決定の問題として捉えられています。その意味で、ガバナンスは企業価値向上を実現するための重要な基盤といえるでしょう。
IPOを目指す企業においても、形式的な体制整備にとどまらず、取締役会で経営戦略や資本配分について十分な議論が行われる体制を構築していくことが重要です。
おわりに
市場区分見直しフォローアップの議論から見えてくるのは、企業が単に上場企業であることではなく、資本市場の期待に応えながら継続的に企業価値を高めていく存在であることが求められているという点です。そのため、IPOを目指す企業にとって重要なのは、上場基準を満たすことだけではなく、上場後にどのような価値を創出し、それをどのように投資家へ伝えていくかが、より本質的なテーマになっています。
IPOは資金調達や知名度向上の機会であると同時に、資本市場との長期的な対話の始まりでもあります。東証のフォローアップ会議の議論からは、企業価値向上に向けた取組みと、その内容を投資家へ分かりやすく伝える姿勢の重要性が読み取れます。
IPOを目指す企業にとっては、上場準備だけでなく、上場後を見据えた経営や情報発信のあり方を早い段階から考えておくことが、今後ますます重要になっていくと考えられます。
参考文献
東京証券取引所 「市場区分の見直しに関するフォローアップ会議」各資料
市場区分の見直しに関するフォローアップ会議 | 日本取引所グループ
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