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はじめに

2026年7月21日、金融庁と東京証券取引所は、改訂コーポレートガバナンス・コード(以下「本改訂コード」)を確定・公表しました。2015年の適用開始後、2018年、2021年に続く3度目の改訂であり、前回改訂から5年ぶりとなります。

本改訂コードの最大の特徴は、独立社外取締役の選任や委員会設置といった「体制の器」を整えることが一巡した現在、「その器が実際に機能しているか」という実効性、すなわち「形式から実質へ」の転換に主眼が置かれている点にあります。

コーポレートガバナンス・コード(以下「CGコード」)は上場企業を対象とする指針であり、未上場のIPO準備会社に直接適用されるものではありません。また、コードの各原則への適合それ自体が、新規上場のための審査基準となっているわけでもありません。一方、上場審査では、コーポレートガバナンス及び内部管理体制が適切に整備され、機能していることが求められます。そのため、本改訂コードが示す考え方は、上場後を見据えたガバナンス体制を構築するうえで、IPO準備会社にとっても重要な参照軸となります。本稿では、本改訂コードの主な変更点を整理したうえで、IPO準備会社のガバナンス体制整備にどのような示唆を与えるかを考えてみたいと思います。なお、本稿に記載された見解は執筆者個人の見解であり、当法人の見解を代表するものではない点、あらかじめご了承ください。

改訂コード公表後も、東京証券取引所では、グロース上場企業やIPOを目指すスタートアップのあるべき姿を検討する新たな会議体が設置されるなど、上場後の成長を見据えたIPOのあり方について議論が進んでいます。こうした動きも踏まえると、IPO準備においては、上場審査に必要な体制を整備するだけでなく、上場後の持続的な成長を支える経営・ガバナンス基盤を構築することが、これまで以上に重要になっていると考えられます。

1.改訂の背景 ― なぜ「実質化」が求められたのか

2015年のCGコード策定以降、日本企業のガバナンス改革は制度面で着実に進展してきました。金融庁の資料によれば、2025年7月時点でプライム市場上場企業の98.8%が独立社外取締役を3分の1以上選任し、指名・報酬に関する法定・任意の委員会等の設置も9割を超える水準に達しています

その一方で、市場からは「取締役会で実質的な議論や監督が行われていない」「コンプライ・オア・エクスプレインが毎年同じ定型文の繰り返しになっており、形骸化している」といった指摘が根強く寄せられてきました。あわせて、日本企業の現預金比率が欧米企業と比べて高止まりし、成長投資や人的資本への資源配分が十分に進んでいないとの指摘があること、有価証券報告書の開示が株主総会の直前に偏り、投資家が対話の準備をする時間が不足していることも、課題として認識されるようになりました。

これらの課題認識を踏まえ、金融庁・東京証券取引所を共同事務局とする有識者会議(座長:翁百合・日本総合研究所シニアフェロー)が2025年10月から議論を重ね、2026年4~5月のパブリックコメントを経て、本改訂コードが確定しました。

2.コードの構造変化 ― 「補充原則」廃止と「解釈指針」の新設

本改訂コードでは、従来の「基本原則」「原則」「補充原則」の3層構造が見直され、コンプライ・オア・エクスプレインの対象は「基本原則」と「原則」に絞り込まれました。従来の「補充原則」は廃止され、そのうち重要性の高いものは「原則」へ格上げされる一方、それ以外は、コンプライ・オア・エクスプレインを要しない「解釈指針」として再整理されています。

この結果、原則の総数は83から30へと大幅に整理されました。もっとも、これは企業の対応負担や開示負担を軽減すること自体を目的としたものではなく、削除された項目についても「重要性が失われたわけではない」との留意が付されています。基本原則も5つから4つへ整理され(「株主の権利確保」と「株主との対話」が統合)、各社が自社の状況に応じて原則の趣旨・精神に沿った実践を行うことを期待する、プリンシプルベースの精神への回帰が図られた形です。

実務上のインプリケーションとしては、参照すべき項目数が減る一方で、各原則についてより本質的で説得力のあるエクスプレインが求められる構造になった、と理解しておくのが適切でしょう。

3.内容面の主な強化ポイント

・成長投資の促進

経営戦略に沿った資源配分(投資・資本・人材)を行い、その妥当性や成果を継続的に検証していくことの重要性が明確化されました(原則4-1・4-2関連)。背景には、潤沢な手元資金が成長投資に十分に振り向けられていないという、長年の構造的課題があります。

この点はIPO準備会社にとっても他人事ではありません。調達資金の使途、採用計画、研究開発投資、M&A方針等は、上場時のエクイティストーリーの中核を構成する要素です。今回の改訂は、これらを単なる事業計画の問題としてではなく、取締役会が監督すべきガバナンス上のテーマとして位置づけた点に特徴があるといえます。

・取締役会の機能強化

独立社外取締役の質・人数・独立性の確保に加え、取締役会が実際に機能しているか、すなわち企業価値向上につながる議論や監督機能を発揮できているかが、これまで以上に重視されています。あわせて、取締役会の実効性を支える事務局機能(コーポレートセクレタリー等)の強化も明記されました(原則4-14関連)。

・有価証券報告書の株主総会前開示

株主が有価証券報告書の内容を十分に確認したうえで議決権を行使できるよう、開示時期のあり方が改めて示されました。解釈指針では、株主総会開催日の3週間以上前の提出が最も望ましい姿として示されるとともに、総会日程や基準日の見直しも選択肢として示されています。一方、現行実務では早期開示への対応が容易でないことも認識されており、有価証券報告書と事業報告等の一本化や、それに伴う監査実務上の環境整備についても、検討が進められています。なお、3週間以上前の提出は法令上の一律の提出期限として義務付けられたものではなく、コードの解釈指針に示された望ましい対応である点には留意が必要です。

・リスク管理体制の実効性向上

取締役会によるリスク管理体制の整備・監督責任が改めて強調され、解釈指針では、サイバーセキュリティ、地政学的要因によるサプライチェーンの途絶、技術・情報の流出等が考慮すべきリスクの例として示されました。IPO準備会社においても、リスク管理規程や委員会を形式的に設置するだけでなく、重要リスクの識別、取締役会への報告、対応状況のモニタリングが実際に機能する体制を整備しておくことが重要です。

4.適用範囲と対応スケジュール

本改訂コードは東証上場企業を対象とし、市場区分に応じて適用範囲が異なります。プライム市場・スタンダード市場はコード全体、グロース市場は基本原則についてコンプライ・オア・エクスプレインが求められる枠組みが維持されています。

・プライム市場:基本原則・原則ともに対応(最も高い水準の実効性が期待される)
・スタンダード市場:基本原則・原則ともに対応(自社の規模・特性に応じた運用)
・グロース市場:基本原則のみが対象(高い成長可能性や企業の規模・成長段階を踏まえたガバナンスが求められる)

上場企業は、本改訂コードへの対応状況を反映したコーポレートガバナンス報告書を、2027年7月末までに東京証券取引所へ提出する必要があります。なお、東京証券取引所のFAQでは、それまでの定期更新を改訂前のコードに沿って行い、期限までに改訂後のコードに基づく更新を別途行うことも差し支えないとされています。

5.IPO準備会社への影響

CGコードは上場会社を対象とするものであり、未上場のIPO準備会社は直接の適用対象ではありません。しかし、実務上は次の点で影響が及ぶと考えられます。

・上場審査では、コーポレートガバナンス及び内部管理体制が適切に整備され、機能していることが求められており、本コードの考え方は、上場後を見据えたガバナンス体制を検討するうえでも重要な参照軸となること
・本改訂コードが掲げる「形式から実質へ」という流れは、IPO準備段階の会社にも及ぶと考えられ、社外役員の員数を満たすだけでなく、実際に機能する取締役会運営が求められる方向にあること

こうした方向性は、CGコードだけにとどまりません。東京証券取引所は2026年8月、「グロース市場の発展に向けた検討会」を設置し、グロース上場企業に加えて、IPOを目指すスタートアップのあるべき姿や必要な環境整備についても継続的な検討を開始しています。

9月16日に開催された第2回では、主として未上場企業の観点から議論するため、上場会社及び上場を検討する未上場企業に対するアンケート結果等が示されました。未上場企業からは、IPO準備や審査に関する情報が必ずしも十分に共有されておらず、関係者間の伝達の過程で必要以上に保守的な対応が求められる場合があるとの意見や、取締役会運営・予実管理等について形式的な対応を求められる場合があるとの指摘も紹介されています。また、IPO準備中のM&Aなど、企業の成長戦略と上場審査への対応をどのように両立させるかも論点となっています。

これらはアンケート回答者から寄せられた意見であり、直ちに上場審査実務の変更を意味するものではありません。しかし、今回の本改訂コードが掲げる「形式から実質へ」という方向性と併せて考えると、IPO準備においても、チェックリスト的に体制を整えるだけでなく、その体制が企業の成長や適切な意思決定に実際に機能しているかという視点が、一層重要になるものと考えられます。

また、グロース市場では、2030年3月1日以後最初に到来する事業年度の末日から、上場維持基準の時価総額要件が「上場10年経過後40億円以上」から「上場5年経過後100億円以上」へ見直されます。これは新規上場時に時価総額100億円を求める制度ではありませんが、上場後5年間でどのように企業価値を高めていくかを、IPO前からより具体的に検討する必要性を高めるものといえます。なお、2025年12月末日以後にグロース市場への新規上場申請を行う会社については、上場時に見込まれる時価総額が100億円未満の場合、「事業計画及び成長可能性に関する事項」において、新たな上場維持基準への適合を意識した成長戦略を記載することが求められています。

CGコード改訂で強調された成長投資、資源配分、取締役会の実効性という論点は、こうしたグロース市場改革とも密接につながっており、IPO準備会社にとっては「上場できる体制」から「上場後に成長できる体制」への発想転換が重要になります。

特に、成長投資や資本配分に関する考え方を論理的に説明する力、そしてそれを支える取締役会の議論の質は、上場後の投資家対応に直結するテーマです。IPO準備の初期段階からこれらを意識した体制設計を行っておくことが、上場審査対応のみならず、上場後の資本市場との対話を円滑にするうえでも有効と考えられます。

社外取締役の「質」についても、今回の改訂を受けて実務家の関心はより具体的な機能へと移っています。特に注目されているのは、①CEOの選解任、②利益相反の管理、③経営執行に対する監督機能の3点です。創業者主導型の企業が多いIPO準備会社においては、社外取締役が経営陣に対して独立した立場から意見を述べられる環境が整備されているかが、今後より重要な論点になると考えられます。

6.IPO準備段階で押さえておきたい実務ポイント

・取締役会の運営:決議事項・報告事項・審議事項を整理し、重要テーマについて十分な議論時間を確保できる運営設計になっているか

・独立社外取締役の実効性:員数要件を満たすだけでなく、独立社外取締役が経営戦略や資源配分の議論に実質的に関与できているか

・事務局機能:取締役会の実効性を支える事務局(コーポレートセクレタリー的機能)が、規模に見合う形で整備されているか

―この事務局機能については、必ずしも専任部署を設置する必要はないと考えられます。管理部門や経営企画部門が中心となり、社外役員への事前説明、取締役会資料の品質管理、実効性評価の運営等を担う体制が整っていれば足りると考えられ、IPO準備会社にとってはそのような体制が現実的な出発点となるでしょう。

・成長投資・資本政策の説明力:成長戦略と資源配分の考え方を、投資家に向けて一貫したストーリーとして説明できる状態にあるか

・上場後の成長戦略:特にグロース市場を目指す場合、上場時の時価総額や2030年からの上場維持基準も意識し、上場後の成長ドライバー、資金使途、KPI、資本政策等について取締役会で十分に議論し、投資家に説明できる状態にあるか

・上場審査対応と成長戦略の両立:IPO準備のための内部管理体制整備が、必要な成長投資やM&A等を過度に制約することのないよう、主幹事証券会社・監査法人等とも早期に論点を共有し、上場審査への対応と事業成長を両立できる準備プロセスとなっているか

・開示スケジュール:株主総会前開示の考え方も踏まえ、上場後の開示・IR体制や決算・監査スケジュールを早期から視野に入れているか

これらは一朝一夕に整備できるものではなく、IPO準備の早い段階から経営陣・取締役会が課題意識を共有し、継続的に運用を検証していくことが重要です。

おわりに

今回の改訂は、ガバナンス体制の整備状況そのものよりも、経営戦略や資本政策について取締役会がどのような議論を行い、どのような監督を行っているかという「運用面」に焦点が移っている点が特徴です。IPO準備会社においても、規程や会議体を整備するだけでなく、その運用実績をIPO準備の段階から蓄積していくことが重要になると考えられます。

本改訂コードは、コードの構造をスリム化しつつ、各企業に対してより本質的な説明責任を求めるものです。IPO準備会社にとって、CGコードへの対応は上場後に初めて意識するものではなく、IPO準備の過程そのものが、実効性のあるガバナンス体制を築く機会でもあります。

上場をゴールとするのではなく、上場後も継続的に企業価値を高めていくための経営基盤として、ガバナンス体制の整備を捉えていただくことが、今後ますます重要になっていくと考えられます。とりわけグロース市場改革では、上場後の成長そのものがこれまで以上に重視されています。IPO準備の過程を、上場審査を通過するための形式整備ではなく、上場後の企業価値向上を支える意思決定・監督・説明の仕組みをつくる機会として捉えることが重要です。

参考文献

金融庁・東京証券取引所「コーポレートガバナンス・コード(2026年改訂版)の確定について」(2026年7月21日)

金融庁・東京証券取引所「成長投資の促進に向けたコーポレートガバナンス・コードの改訂について」(2026年7月21日)

東京証券取引所「コーポレートガバナンス・コード ~会社の持続的な成長と中長期的な企業価値の向上のために~」

東京証券取引所「グロース市場・IPOに関する検討会/グロース市場の発展に向けた検討会」(2026年8月~)

東京証券取引所「グロース市場の発展に向けた検討会 第2回会議資料・資料1別紙1」(2026年9月16日)

東京証券取引所「上場維持基準の詳細(時価総額)」及び「グロース市場の上場維持基準の見直し」

東京証券取引所「グロース市場の上場維持基準見直しに伴う対応について」

東京証券取引所「2026年のコード改訂を踏まえたコーポレート・ガバナンス報告書の更新期限に関するFAQ」

金融庁「コーポレートガバナンス・コードの改訂に関する有識者会議」議事録(2026年2月26日ほか)

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